風景のなかに現れる巨大な妊婦の愛と問いかけ

写真家 馬場磨貴は、自身のホームページなどで被写体となる妊婦さんを募集し、ヌードのポートレートを撮影してきました。 そして、「ある日、街を歩いていてふと空を見上げると、ビルの間から巨大な妊婦さんが現れました。その日から公園や線路の向こう側...いたるところに彼女たちは姿を見せました」(馬場の言葉より)。

妊婦さんが宿す生命の力や揺らぎが、身のまわりの風景と交わったところに、このシリーズ「We are here」は誕生したのです。うららかな春の公園や海辺、高層ビルの狭間、ドームの背後、そして福島や広島にも巨大な妊婦さんたちが現れます。

思い思いの姿で風景に溶け込み、呼吸し、私たち人間の存在へ優しく、ときに憂いを帯びた眼差しを向けてくれたりもします。巨大な妊婦さんは、その大きさや力でもって何かを傷つけたりするでしょうか? 生まれたままの姿で丸腰である彼女たちは、戦ったり破壊したりすることなく、ただこの世界に存在しているのです。

そして、雑踏や路地の物陰にふと等身大の妊婦さんを見るとき、その無防備で弱さを湛えた姿にはっとさせられます。 命は、生と死を同時に孕むものであることを、その陰りから思い起こされます。 「We are here」は、生きる力に貫かれた妊婦さんたちのシリーズであり、またこの地上に存在する私たち皆の姿でもあります。

風景は美しく愛おしく、そして切実な痛みをもって目の前にあります。巨大な妊婦さんの解き放たれた姿を折々に仰ぎ見ながら、私たちはある安心と指針を得るのかもしれません。

We are here
馬場磨貴 写真集
赤々舎 2016年発行 定価:4,000円+税
238×302mm 108頁 上製本
デザイン:寄藤文平+阿津侑三(文平銀座)


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本書は表紙が青・黄・赤 3種類ございます。
本分内容は同じです。

カラー


熟睡した人々の姿を端正なポートレートで捉えた、人間の哀しみと尊厳を静かに浮かび上がらせる写真集

馬場は、「眠り」というその不可視の領域にひそかに忍び込む。 もはや誰のものでもなくなった顔、目の前の私に向けられているわけでもない顔、しかし同時に確かに私の目の前にある他ない顔。

息を潜めて見つめカメラを向ける写真家は、眠る人と同じく世界にたったひとりで放り出されている。 目の前の被写体と共有できるものは何ひとつないのだから。

そもそも共有できるものなど、はたして世界にあっただろうか。「私」と「あの人」を支える意味の世界は、昼間におけるあらゆる了解は、目の前で静かに崩れ去っていく。見ることとは、それほど絶望的な行為である。それでもなお、彼女は見続けるであろう。

夜明け前、うっすらと湿った静粛のなかで、眠りにおちたあの人を、こうして見つめることによってしか、私とあの人が「共にある」ことはありえないのだから。閉じられたまぶたの表と裏で、別々の夢を見、別々の感情を抱え、別々の体を生きる。

「私」と「あの人」を引き離し、かつ結びつける、ただひとつの交点としての、顔。これらの写真が抗しがたい甘美さを宿しているとすれば、それは、顔がこのような「誰のものでもないもの」として、つまりは顔そのものとして、今まさに私たちの目の前に立ち現れているからに他ならない。

「ABSENCE」 あとがきより 竹内万里子(写真評論家)

ABSENCE
馬場磨貴 写真集
蒼穹舎 2008年発行定価:3,600円
A4判変形 82頁 上製本 ダブルトーン
デザイン:原耕一 解説:竹内万里子


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